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ためらいと衝動

セールの行列で起きていること — 希少性と切迫感

4分

TL;DR

  • 「残りわずか」「本日限り」といった希少性と切迫感は、商品の価値の見積もりそのものを押し上げる。
  • チャルディーニは『影響力の武器』で、手に入りにくいものほど魅力的に見える希少性の原理を整理した。
  • ウォーチェルらのクッキー実験は、数が少ないとされた品のほうが高く評価されたことを示した。
  • 一方、根拠のない「期間限定」や二重価格表示は、日本では景品表示法による規制の対象になりうる。

開店三十分前、駅前の商業ビルの前にはすでに二十人ほどの列ができていた。掲示には「数量限定、なくなり次第終了」とある。並んでいる人の何人かは、何を買うか決めていないようだった。それでもまず並ぶ。手に入らなくなるかもしれない、という感覚が、品定めより先に足を運ばせている。決定の順序が、ふだんとは逆になっていた。

セールの行列は、希少性と切迫感が行動の閾値をどう下げるかを観察するのに、これ以上ない現場だ。

手に入りにくいものは、よく見える

社会心理学者のロバート・チャルディーニは『影響力の武器』で、人を動かす原理の一つに「希少性」を挙げた。同じものでも、数が限られていたり、入手の機会が今しかなかったりすると、価値が高く感じられる。失うかもしれないという見込みが、損失回避の感覚を刺激し、判断を急がせる。

この効果を端的に示したのが、スティーブン・ウォーチェルらの実験だ。同じクッキーを、瓶にたくさん入った状態と、わずかしか残っていない状態とで評価させると、少ないほうが望ましいと判断された。中身は同じなのに、数の少なさだけが評価を動かした。さらに、もともと豊富だったものが急に少なくなった場合に、評価はいっそう高まったという。希少性は静的な数の問題というより、減っていくという動きの感覚に支えられている。

切迫感は時間を圧縮する

行列の現場で起きているのは、この希少性に時間の制約が重なった状態だ。「本日限り」「あと十分」という枠は、比較や熟慮のための時間を奪う。ためらいが証拠を集める過程だとすれば、切迫感はその蓄積を強制的に打ち切り、閾値を下げる。並んでいる人が品定めより先に列に加わったのは、考える時間そのものが希少資源として扱われていたからだ。

もっとも、こうした切迫感は当人を欺いているとは限らない。本当に数が少なく、本当に今日しか買えないなら、急ぐのは合理的な反応である。問題は、希少性や期限が実態を伴っているかどうかにある。

つくられた希少性への歯止め

裏を返せば、希少性が強力だからこそ、それを偽装する誘惑も生まれる。実際には常に在庫がある商品に「残りわずか」と表示したり、もともとその価格で売っていないものを「通常価格から大幅値引き」と見せたりする手法だ。日本では、こうした実態のない表示は景品表示法の禁じる優良誤認や有利誤認にあたりうると、消費者庁が注意を促してきた。架空の比較対象を持ち出す二重価格表示は、その典型例として挙げられている。

つまり、希少性そのものは中立的な情報だ。本物の希少性は、限りある資源を前にした正当な判断材料になる。問題が生じるのは、減っていないものを減っているように見せ、急ぐ必要のない場面で時間を圧縮したときだ。

行列に並んだ人々を、流行に踊らされた群衆と片づけるのはたやすい。だが観察の側から見れば、彼らは「失うかもしれない」という見込みに、人として自然な反応を返していただけだ。問われるべきは並んだ人の判断力ではなく、その希少性と期限が本物だったかどうかである。切迫感を読むとは、急がされている自分に気づき、その急ぎが実態に裏打ちされているかを一拍おいて確かめることに尽きる。

関連する論点は「『あと一品』を入れるとき」「『同意する』を押す指」でも扱っている。

参照した資料

  1. Robert B. Cialdini『Influence: The Psychology of Persuasion』(1984)
  2. Stephen Worchel, Jerry Lee & Akanbi Adewole, “Effects of Supply and Demand on Ratings of Object Value”, Journal of Personality and Social Psychology(1975)
  3. 消費者庁「不当な価格表示についての景品表示法上の考え方(二重価格表示等)」

FIELD NOTES, MONTHLY

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