速い思考と遅い思考のあいだ — 直感は信頼できるか
TL;DR
- カーネマンは思考を、速く自動的な「システム1」と、遅く熟慮的な「システム2」に整理した。
- 直感は誤りの源にもなるが、専門家の場面では精度の高い判断を生むこともある。
- ゲイリー・クラインは、消防士などの熟練者が瞬時に妥当な行動を選ぶ過程を観察した。
- カーネマンとクラインは対立する立場から共同で検証し、直感が信頼できる条件を整理した。
同じ「直感」という言葉が、正反対の評価を受けることがある。一方では、偏見や錯覚の温床として警戒される。他方では、熟練者の的確な判断の核として称賛される。この食い違いは、直感そのものの良し悪しというより、それが働く場面の違いに由来している。速い判断と遅い判断、そのどちらを信じるべきかは、状況によって答えが変わる。
二つの速度を持つ思考
ダニエル・カーネマンは『ファスト&スロー』で、思考を二つの様式に分けて説明した。システム1は速く、自動的で、努力をほとんど要さない。表情から感情を読み取り、簡単な計算を即座にこなす。システム2は遅く、注意と努力を必要とし、複雑な比較や論理を担う。日常の大半はシステム1が処理し、システム2は必要なときだけ重い腰を上げる。
問題は、システム1が苦手な場面でも、しばしば自信たっぷりに答えを出してしまう点にある。アモス・トベルスキーとカーネマンが示した数々のヒューリスティックとバイアス――代表性や利用可能性に頼った推論――は、速い思考が陥りやすい系統的な誤りの目録だった。
熟練者の直感は別物か
一方、心理学者のゲイリー・クラインは、現場の専門家を観察して異なる像を描いた。消防の指揮官は、火災現場で選択肢を並べて比較するのではなく、状況を一目で認識し、最初に思い浮かんだ行動の妥当性を頭の中で素早く検討して動く。クラインはこれを「認識を基にした意思決定」と呼んだ。ここでの直感は、当てずっぽうではなく、長年の経験が圧縮されたパターン認識である。
同じ「速い判断」でも、ランダムな課題で生じる錯覚と、熟練者が培ったパターン認識とでは、信頼性がまるで違う。両者を一括りに「直感」と呼んでしまうと、議論はかみ合わなくなる。
対立から生まれた合意
興味深いのは、立場の異なるこの二人が、対立をそのままにせず共同で検証した点だ。カーネマンとクラインは、敵対的協働と呼ぶ手法で、直感が信頼できる条件を二つに絞り込んだ。第一に、環境に十分な規則性があり、手がかりと結果のあいだに安定した関係があること。第二に、その規則性を経験を通じて学ぶ機会があったこと。
消防や麻酔科のように、状況が規則的で長期のフィードバックがある領域では、直感は鍛えられる。逆に、株価の短期予測や政治情勢のように、規則性が乏しく偶然が支配する領域では、どれだけ経験を積んでも直感は信頼に足る精度に届かない。もっとも、当人にはその違いが見分けにくい。自信の強さは、判断の正しさとはほとんど相関しないからだ。
速い思考と遅い思考は、優劣で測るものではない。問われているのは、いま自分がいる環境が、直感を鍛えるに足るほど規則的かどうかである。規則性のある場ではシステム1を信じてよく、混沌とした場ではシステム2に手綱を渡したほうがよい。決定の直前を観察するとは、判断の速度そのものより、その判断が生まれた環境の質を見極める作業だと言える。直感を疑うか信じるかは、性格ではなく、足場の問題である。
判断の負荷をめぐる議論は「選択肢が多いほど選べない」、停止のはたらきは「ためらいは無駄ではない」でも取り上げている。
参照した資料
- Daniel Kahneman『Thinking, Fast and Slow』(2011)
- Gary Klein『Sources of Power: How People Make Decisions』(1998)
- Daniel Kahneman & Gary Klein, “Conditions for Intuitive Expertise: A Failure to Disagree”, American Psychologist(2009)