本文へスキップ
意思決定

選択肢が多いほど選べない — ジャム実験が示した選択の麻痺

4分

TL;DR

  • 選択肢が増えるほど選びやすくなるとは限らず、かえって決定が止まる「選択の麻痺」が起こりうる。
  • シーナ・アイエンガーらのジャム売り場の実験は、品揃えの多さが購買の決定率を下げた事例として知られる。
  • バリー・シュワルツは、選択肢の過多が満足度や後悔にも影響すると論じた。
  • ただし、後年の追試では効果が一様には再現されず、条件によって結果が分かれることも分かってきた。

土曜の午前、郊外のスーパーマーケットの調味料棚の前で、ひとりの買い物客が三分以上立ち止まっていた。手はオリーブオイルの瓶に伸びかけては引っ込む。エキストラバージン、有機、産地違い、容量違い。棚には二十を超える種類が並び、価格帯もほとんど重なっている。やがてその人はカゴに何も入れず、隣の通路へ歩き去った。決められなかったのではなく、決めること自体をやめたように見えた。

こうした光景は、行動を観察する立場からは見慣れたものだ。私たちは「選べる」ことを豊富さと結びつけて考えがちだが、選択の現場では、選択肢の数そのものが負荷になる瞬間がある。

ジャム売り場で起きたこと

コロンビア大学のシーナ・アイエンガーとマーク・レッパーが行った研究は、この問題を端的に示した事例としてしばしば引かれる。ある高級食料品店の試食コーナーに、あるときは二十四種類のジャムを、別のときは六種類だけを並べた。多く並べたほうが立ち止まる客は増えた。一方で、実際に購入に至った割合は、種類を絞ったときのほうが高かったという。

足を止めさせる力と、購買の決定を促す力は別物だった。豊富な品揃えは注意を引くが、いざ一つを選ぶ段になると、比較すべき軸が増え、見送ることへの不安が膨らむ。結果として、人は決定そのものを先送りしてしまう。

選んだあとに残るもの

心理学者のバリー・シュワルツは、著書『選択の科学(The Paradox of Choice)』で、選択肢の過多が決定の難しさだけでなく、選んだあとの満足にも影を落とすと指摘した。比較対象が多いほど、選ばなかった選択肢が魅力的に見え、「もっと良いものがあったのではないか」という後悔が生まれやすい。選ぶ自由が増えることと、選んだ結果に納得できることは、必ずしも一致しない。

裏を返せば、選択肢を適切に絞る設計は、利用者から自由を奪うのではなく、決定の負荷を肩代わりする行為でもある。料理人がコース料理を組むように、あらかじめ筋の通った範囲を示すことで、人はようやく一歩を踏み出せる。

「多ければ麻痺する」は、いつも正しいか

もっとも、この現象を一般法則のように扱うのは早計だ。複数の研究者が後年に行った追試をまとめたメタ分析では、選択肢の多さが決定を妨げる効果は、平均すると非常に小さく、条件によって現れたり消えたりすることが報告されている。専門知識のある人や、あらかじめ好みがはっきりしている人は、選択肢が多くても迷いにくい。逆に、判断の手がかりが乏しい場面ほど、過多の影響は表れやすい。

つまり問題は「選択肢の数」だけにあるのではなく、選ぶ人がどれだけ比較の基準を持っているか、その場にどんな手がかりが用意されているかにある。同じ二十四種類でも、並べ方や説明の付け方次第で、麻痺は和らぐ。

調味料棚の前で立ち去ったあの買い物客は、怠惰だったわけでも優柔不断だったわけでもない。比較の軸を与えられないまま、二十数通りの未来を一人で背負わされていただけだ。選択の麻痺は個人の性格の問題に見えて、その多くは環境の設計に起因する。決定の直前を観察するとは、こうした「選べなさ」を、本人ではなく場の側から読み解く作業にほかならない。先送りという反応は、しばしば、整えられていない選択肢への正直な返答である。

関連して、初期設定が決定をどう左右するかは「決めない、という決定」で、衝動と停止の関係は「ためらいは無駄ではない」で扱っている。

参照した資料

  1. Sheena S. Iyengar & Mark R. Lepper, “When Choice is Demotivating”, Journal of Personality and Social Psychology(2000)
  2. Barry Schwartz『The Paradox of Choice: Why More Is Less』(2004)
  3. Benjamin Scheibehenne ほか, “Can There Ever Be Too Many Options? A Meta-Analytic Review of Choice Overload”, Journal of Consumer Research(2010)

FIELD NOTES, MONTHLY

観察ノートを月1回お届けします

意思決定の直前に関する記事と図解のダイジェスト。配信はいつでも解除できます。